ライカの魅力はカメラボディである

ライカ・M9+Elmarit M 28mmF2.8
 ライカレンズの描写の良さやその魅力がよく語られるが、それを聞くたびに、「はてな?」といつも疑問に思う。以下、フィルム用のライカについての印象だが、ぼくはライカレンズをいままでに何本も使ってきたし何本も持っているけれど、「いいレンズだなあ」と感銘したレンズはほとんどない。ごくふつーの写り、か、それ以下のものも少なくない。
 といっちゃ身も蓋もないが、「レンズの味」という観点で見れば好き嫌いがありますから、「好き=良い」と判断すれば「良い」レンズもあるのかもしれませんね。でもやはり、純粋にレンズの描写実力を見てみれば、ツアイスレンズに比べればライカレンズは相当の格落ちを感じてしまう。

 「ライカはボディ、コンタックスはレンズ」
 というのが古くからの“定説”で、ぼくもまったくその通りだと思う。

 ライカボディに比べればコンタックスの(あ、古いカメラのことね、レンジファインダーの)それは、使いづらいは故障するはで、デザインの良さ頑丈さ使い勝手の良さのライカボディのほうが数段上。バルナック型ライカもM型ライカも、じつに均整のとれたボディスタイルで見ているだけで飽きないし、手にしたときの指先に感じる至福はなんとも言い難いものがある。でも、撮ってみるとコンタックス+ツアイスレンズの写真の階調描写力や切れ味描写にいつも感服してしまうのだが、ライカ+ライカレンズにはそれがない。


 そんな、やや偏執狂的なライカボディファンのぼくは、M9を見たとき「うーむ」としばし絶句してしまった。
 フィルムM型ライカに比べると、重くて大きくて、そして使い勝手は大変に悪い。M8を使ったときは、これほど悪い印象を受けなかったのだが、M9はなぜなんだろうか ―― たぶん、ファインダー側のカメラ上部のデザイン処理を変更したからだと思うが ―― とにかく“ぶさいく”なのだ。まあ、この写真を見てみてはいかがかな。
 上からM9、M3、そしてIII Fである。M3、III Fはフィルムカメラであるから軍艦部のメカっぽさはそのせいだが、それにしてもM9のあまりのそっけなさ、ボディの厚みをいっそう“強調”させるかのようなデザイン処理。いかにもM型デジタルカメラ、といった印象を受けるから、これはこれでイイのだ、と、そう言えなくもないが(言いたくもないけど)。

 M9は撮影に苦行を強いるカメラでもある。
 いや、その操作の厄介さ、めんどうさがいいのだ、決められた手続きを体得し、作法にのっとって扱ってこそライカなのだ、というご意見もありましょうが、でもM9のそれは、そういった次元の話ではないように感じないでもない。バルナック型ライカ各種にしても、M2、M3、M4、そしてM5のどれもが、いつ使っても手のひらに吸い付くようにホールディングできて、指が勝手に動いてカメラの操作がおこなえるのに(いまでもそうだ)、M9は、じつに残念至極だったが、そうではなかった。それに、ボディの厚みと軍艦部のデザインが、どうにもこうにも気になって仕方なかったなあ。

777000円、注文しても約3ヶ月待ち

ライカ・M9+Summilux 50mmF1.4
 レンジファインダー式のライカM8/M8.2の「後継機種」がこのM9である。M8/M8.2の撮像センサーがAPS-Hサイズ相当のCCDだったのを、このM9で35mm判フルサイズの約1800万画素のCCDセンサーを採用した。ボディサイズをほとんど変えず、重さがほんのわずかだけ重くなっただけ。ぼくは、M型ライカのスタイルのままではフルサイズセンサーはムリじゃないか、と考えていたからM9が発表されたときは少し驚いた。
 撮像センサーはローパスフィルターなし、オンチップのマイクロレンズを工夫して従来のライカレンズも使えるようにしている。その「写り」は ―― うーん、このカメラで画質について目くじら立ててどうこう言うのはスマートではないのでやめる。このM9は「そこそこの写り」で充分なのだ。このへんの機微は少しわかりにくいかもしれないけど、そーゆーもんだと。

 価格は777000円。ライカのカメラであるということ、M型ライカのスタイルでフルサイズ判のセンサー搭載のデジタルカメラに仕上げたこと、それを考えれば「安いカメラ」ではないか。100万円を越えてもなんの不思議もない。しかし、この価格を「安い」と言うと、異論反論のある人もいらっしゃることであろうなあ。しかしですぞ、いま、このM9を注文しても、約3ヶ月ほど待たなければならないほどの「予想以上の注文をいただいている」とのこと。


 でも、ライカですぞ。フルサイズセンサーだぞ。まごうことなきドイツ製だ。という、そこに「価値」を見いだしている人には約80万円の価格などそれほど気にはしないと思う。いっぽうで、ライカのなんたるかを知らない人には、きっと、なんのこっちゃ、でしょうね。クルマでいえば、そうですねえ、いまのロールスロイスかベントレー、といったところかな。クサっても鯛(とは言い過ぎ、ライカはまだ腐ってはいないけど)。
 M9を使ってみて、旧フィルムM型ライカの「カメラ」としての魅力と完成度には遙かに遠い仕上がりだと感じた(これはちょっと残念だったけど)。しかし、あのM型ライカのシステムとスタイルを守り続け ―― これがいちばん大変なことだっただろう ―― そしてフルサイズ判のデジタルカメラに仕上げたことを考えれば、ほんと、よくやったと思う。

 ところでハナシは大きく変わるけど、このM9を使ってみて、「写真を撮る」という行為 ―― カメラを操作をして、見て感じたものを写すという行為 ―― は、そもそもどういうことなのだろうか、といった根源的なことをじっくりと考えさせられて、久しぶりにおもしろい経験をしました。いまある、デジタル一眼カメラやコンパクトカメラとは、だいぶ「次元」の異なるカメラでした。

電磁波の不要輻射

オリンパス・E-P2+M.ZUIKO DIGITAL 14?42mmF3.5?5.6
 E-P2が発表されたとたんE-P1ユーザーから大ブーイングが出て、それが今も続いているぞ、と聞いた。数ヶ月前に買ったばかりなのに「もう新製品を出すのか」というものや、液晶電子ビューファインダー(EVF)が欲しかったのに「E-P1ではそれが使えないじゃないか」というもの、E-P1のブラックボディが欲しかったのに「今ごろ黒ボディなんて出して」というものであるらしい。で、オリンパスに対して非難囂々のようだけど、でもオリンパスにもいろいろと「都合」があってのことだろう。ただ、もう少しウマく立ち回ればいいのに、やることがいささか“ぶきっちょ”ですよね。

 ブラックボディが次機種のために用意されていることや、外付けEVFが使えるカメラがすぐに出てくることは、多くの人が「なんとなく知っていた」ことだ。
 もちろんぼくも、E-P2が(そのカメラ名さえ容易に予想できるじゃないか)発売されることはだいぶ前からうすうす知っていた。言うまでもないことだが、オリンパスがそんなことをほのめかすワケはない。エプソンが高精細なEVFをオリンパスの新型カメラのために作っているらしい、という、うわさ話をぼくが聞いていたからだ(EVFがエプソン製であることはオリンパスはいっさい黙して語らず)。
 というと、「おまえ、知ってたんならここに書けよっ」と筋違いないちゃもんをつける人がキッといるだろうけど、バカなこと言っちゃイカンよ、そんなシリアスなこと、ここに書けるわけない。そもそも、ここに書いてあることなんて、あんた、ウソありハッタリありチャランポランあり、なんですぞ。そのデタラメを続けることがモットーであるこのブログの精神に反するじゃないか。


 といった冗談(か、な)はともかくとして、E-P2用の外付けEVF ―― オリンパスでは「ライブファインダー」と命名している ―― は素晴らしい見え具合であります。144万ドットという高精細もすごいけど、ファインダー倍率が1.15倍でファインダー光学系がこれまた良くできていて、画面周辺部までクリアーで歪みもボケもほとんどない。ボディ背面の23万ドットの液晶モニターなんぞまったく見る気がなくなるほど。EVFは今後、もっともっと良くなっていくだろうけど、現行のカメラ用EVFとしてはいちばんイイのではないか。少し前にパナソニックからGF1用に20万ドットの、同じような着脱式のEVFを出しているが、その見え具合はオリンパスのそれに比べれば、グリコのおまけ、みたいなもんだね。

 数ヶ月前の「デジタルカメラマガジン」のGF1の開発者インタビュー記事だっだけど、20万ドットの低解像のEVFをあえて採用せざるを得なかったのは、コネクター部から出る電磁波の不要輻射を防ぎきれなかったからだ、と。ドット数が増えれば大変な不要輻射が出る。今の技術ではその対策をとるには大変に困難。だから20万ドットのEVFにした。20万ドットでも機能的には十分だ、と。インタビュー文面では、なんだかとても自慢そうに語っていた。その記事を読みながら、ああ、もうすぐ144万ドットや92万ドット(リコーのGXR)の外付けタイプのEVFが出てくるというのに、そんなこと堂々と公言しなくてもいいのに、自分たちの技術の低さをさらけ出すことになるのに…と老婆心ながら感じておりました。
 その、たった1、2ヶ月のあとにオリンパスもリコーも、パナソニックの数倍のドット数があるEVFの、そのコネクター部からの不要輻射の問題をなんなくクリアーして ―― なんなく、ではなく相当に苦労したようだけど ―― 製品化してきている。

画像処理で収差補正することは善か悪か

オリンパス・E-P2+M.ZUIKO DIGITAL 17mmF2.8
 キヤノン・PowerShot S90の内蔵ズームレンズが画像処理で歪曲収差の補正をおこなっていることについて、その「事実」を知ってしまったとたん、謹厳実直、理想追求型の真面目な人は(たぶん)大きな不満と怒りを感じておられることだろう。画像処理で収差補正をやっていることをまったく知らなければ、S90に幸せいっぱいを感じて使っておられるに違いない。

 でも、そもそも写真もカメラも、「結果」さえ良ければそれはそれでいいのじゃなかろうか、というのがぼくの考え。むろんこの考え方に正反対の考え方、感じ方をした人もいる。それはそれでいい。「途中経過」にこだわるというのは、たとえば、AEやAFで気軽に撮った写真よりも、苦労してMFやMEで撮った写真のほうが「上級だ」と見なすようなもの、料理の味をストレートにうんぬんするのではなく、どれだけ手間ヒマかけて料理を作ったかのほうを重要に考えるようなものですね。それはそれでいいと思うし、事実、そうした考えの人も多い。
 つまりですぞ、だからこそ、そういった人たちのためにも、キヤノンはできるだけ「手の内」を見せないように、ユーザーが「いらぬ」心配をしないようにすべきだと思うわけだがやってない ―― やってない理由は、ま、いろいろあるんですけどね ―― 。そのキヤノンに対して、オリンパスはといえば、逆に徹底して「手の内」を見せないように「努力」をして、それを「実践」している。


 このオリンパスのマイクロフォーサーズのE-P2は、画像処理で収差補正をしっかりとしているのだが(E-P1もそうだけど)、しかし、そうしていることをユーザーにわからないような「配慮」をしている ―― その具体的な方法についての詳細は内緒なのでここでは説明しない。
 E-P1の初期の機種では「ある操作」をすると、画像処理をする前の、補正前の状態を「見る」ことができたのだが、最近の機種では、それを見ることができないようにしてしているのだ。

 繰り返しになるが、オリンパスはE-P2でもE-P1でも、画像処理でレンズの歪曲収差や色収差などを補正している。色収差の補正はともかくとして、歪曲収差の補正をしていることは、以前、雑誌のインタビューをしたときに、オリンパスの開発者がはっきりと答えている。「さらなるコンパクトさを追求するためデジタル処理を行っています。画質を落とさずに、レンズを小さくするための方法論があるのだから、そこは躊躇せずにやっていこうと考えました」と、レンズ設計者は明快に言ってのけた(「デジタルフォト」9月号)。
 その答えを聞くまでもなく、あれだけの小型でそこそこの性能を持ったレンズを作るのが難しいことぐらい、ちょっとのデジタル写真の仕組みのことや初歩のレンズ設計の知識があれば自明なことだ。キヤノンのS90のように、RAWで撮って、それをオリンパスの専用RAW現像ソフト以外で現像したとしても、補正していることが(ほとんどの人たちには)わからないようにしている。
 こうしたオリンパスの姿勢、つまり、わからないよにデジタル画像処理を上手にやって、それを徹底的に隠すことこそ正しいことだと思う。そう思いませんか、みなさん。

 上の写真は目黒にある「現代彫刻美術館」である。いま、現代の気鋭の作家たちの作品をあつめて特別展が開催されていて、その中の土井敬真氏の木彫作品である。この美術館はぼくのマル秘散歩ルートの1つにあって、詳細はあえて語らないが、その立地環境も含めて「いっけんの価値あり」の不思議な空間を持った美術館であります。目黒駅、または中目黒駅から、徒歩で約20?30分。必ず、徒歩でこの美術館を訪れることをおすすめしたい。



誤解しないでほしいのだけど…

キヤノン・PowerShot S90
 S90のレンズはIS内蔵の28?105mm相当のF2.0?4.9の3.8倍ズームである。とても小型で、28mm広角側だけとはいえF2.0の明るさにしているのは大変に立派 ―― 105mm望遠側ではF4.9と、2EV半ほども暗くなるのだけど、小型を優先させたレンズ設計なんだろうからそりゃあ仕方ないだろう。描写性能は良い。少し硬めの描写だが、画面中心部から周辺まで均一で、ズーム全域にわたってディストーション(歪曲収差)がとても少なく素直な印象を受ける。
 こんなにも小型で大口径のズームレンズで、よくもここまで歪みを少なくしたよなあ…、と感心することしきりでありましたが、いや実は、そこには大きな「隠し技」が仕込まれておりました。

 いまここで、その「隠し技」の種明かしをするけれど、くれぐれも「誤解」しないでほしいのだ。その隠し技(画像処理技術をやっていること)を知って、S90のズームレンズそのものの評価を下げないでほしいのだ。いまやデジタルカメラでは、当たり前のこととして多くのメーカーがやっていることであって、じつにまっとうなことで、ナンの文句もつける必要のない技術なのである。
 おせっかいな話はともかくとして、この比較画像を見てみましょうか。2枚ともS90の28mm相当側で撮影をした「まったく同じ画像」である。
 1枚の画像のほうはディストーションがほとんどない素直な描写である。しかしもう1枚のほうは、まるで魚眼レンズで撮影したかのように樽型に大きく歪曲して写っている。その写っている画像の範囲(画角)もだいぶ広い ―― これについては本題からズレるので省略する。


 種明かしをすると、この画像はRAW+JPEGで撮影して、歪みのない画像はJPEGファイル、強い歪みのある画像はRAWファイルを Photoshop の Camera Raw を使ってストレートに現像処理して仕上げている。
 つまり、S90ズームレンズのもともとの描写は、RAWファイル現像の画像のように強い歪曲収差があって、それをS90のカメラ内で自動的に画像処理をおこない歪みの目立たないJPEG画像に仕上げているということだ。RAWファイルには補正情報だけがインプットされ補正処理そのものはおこなっていない。液晶モニターでスルー画像を見ているときも、S90は、リアルタイムで歪み補正をしているからまったく気づかない。
 そして、このRAWファイルを、S90に標準添付されているキヤノンのRAW現像処理ソフトDPP(Digital Photo Professional)を使ってストレートに現像すれば、JPEG画像と同じように自動的にキレイに歪みを補正してくれる。でも、DPP以外の、たとえば Camera Raw のような汎用RAW現像処理ソフトを使うと、とたんに「すっぽんぽんの裸」が丸見えになってしまう。歪み補正情報がウマく伝達されていないからだ(多少、色や階調が異なるのもそのせいだろう)。

 ここでぼくが言いたいことは ―― 画像処理なんぞで歪曲収差を補正するな、というのではなくて(ぜーんぜん構わない、むしろもっと積極的にやるべきだと思う) ―― こうした画像処理をするんならですぞ、それをやっていることをユーザーの誰にも知られないように徹底的に隠すべきだと。
 そりゃあそうでしょう、あんな魚眼レンズで撮ったような歪んだ画像を見せられると、きちんと補正をしているとはいえ「オレの使っているズームレンズはいったいどうなってるんだ」、と余計な心配をするだけではないか。世の中、よくありますよね、ああ、見なければ良かった知らなければ良かった、と思うことが多々。ユーザーが心配しないような心くばり、配慮がキヤノンには少し欠けているようですね(と、言いながらぼくがバラしているようで、それはそれで心苦しいのだけど)。

「リコーGXR」と「オリンパスE-P2」をS90で撮る

キヤノン・PowerShot S90
 とても良く写るカメラだ。レンズもなかなか良い(レンズについては後ほどゆっくり語りたい)。リコーのGR DIGITAL III、G11でも使っているソニーの撮像センサー、このセンサーがやはり相当に良いんですね。備わっている撮影機能も文句ない。このクラスのカメラとしては充分。
 良く写る、中身の良いカメラなんだけど、2つ、残念だなあ、と感じたことがあった。
 1つはメインスイッチの形状と配置場所。このS90ボディ上部の写真を見てもらえばわかると思うけど、シャッターボタンの横の、ズームレンズ“根もと”に新設されたコントローラーリング、それに機能を割り当てるためのボタン(リングファンクションボタン)がある。で、そのすぐ隣に、同じようなカタチをしたメインスイッチが配置されている。

 ほんのわずかボタンサイズは違うけれど、形状デザインはほとんど同じだから、さあ、撮影しようとメインスイッチを押し込んでONにしたつもりが、リングファンクションボタンのほうをせっせと押しているではないか。道理でカメラが無反応なのか、なんてことがたびたびあった。じつにまぎらわしいし、イラつく。
 メインスイッチボタンこそ、シャッターボタンに近い場所にあるべきだと思うし、そのうえ、それほど頻繁に使用するわけでもないリングファンクションボタンをこのような「一等地」に配置デザインすることの意味も、意図もよくわからん。


 もう1つはボディ前面のカメラをグリップする部分、このS90の写真 Canon のロゴの下ですね、そこが真っ平らでつるんつるんして大変に滑りやすい。指先が実に危なっかしい。そりゃあ確かに、すっきりとしてスマートな感じで「見栄え」はいいかもしれないが、機能的なことにはなんの工夫も配慮もされていない。大変にキツイ物言いになってしまうけど、まるで高校生がカメラをデザインしたような(高校生に悪いけど)、そんな気もしないでもない。プロの仕事とは思えない。

 この際、ついでだからちょっと言わせてもらうけど、最近のキヤノンの、とくにコンパクトカメラのデザインは自己満足的なヘンな小細工をしたり(IXY DIGITAL 930 ISがそうだ)、デザイン的な破綻をしていたり、このS90のように使い勝手のことなどは、アウトオブ眼中、というものがある(すべてがそうだと言うわけではないけど)。
 いまのキヤノンのコンパクトカメラのデザイナーが、いかに写真を撮っていないか、カメラのことを知らないか、それがよくわかって残念至極。

 しかし、良く写るカメラではある。シャープで切れ味の良い描写。ややシャープネスが強く、エッジ部の処理が下品に感じることもなくもないが、撮影シーンによってはG11よりも優れた描写性能 ―― 総合的にはG11のほうが良い、というよりぼくは好き ―― であることも多々あった。上の写真のような条件でも、ブラさずに最適な露出でしっかり撮れば“一眼レフ並”に写すことも不可能ではない、と思う、こんな小さなカメラだけど。
 なお、上に写っている2機種の新型カメラについてはあらためて紹介しますね。牛がげっぷをするくらいたくさん撮りましたから。

いま国立新美術館では「THE ハプスブルグ展」

ニコン・D300S + タムロン・SP AF 17?50mmF2.8Di II VC
 このタムロンの、手ブレ補正内蔵の大口径標準ズーム17?50mmF2.8は、キヤノン用とニコン用が発売されている。実販価格はキヤノン用ニコン用ともに、だいたい5万5千円ぐらいで、安いところでは5万円を下回る価格で売られているようだ。ちなみに、タムロンの希望価格は約7万円。
 すでに述べたけど、キヤノンにも同じく手ブレ補正IS内蔵の大口径標準ズームとして「EF-S 17?55mmF2.8 IS USM」がある。キヤノンの希望価格は約14万円だが、実販価格の平均は10万円を少し越えるぐらい。総合的な描写性能だけについて言えば、タムロンキヤノン甲乙付けがたい、というのが、ぼくが使った印象であった。でも、AF駆動のアクチュエーターは、キヤノンのほうは静かでスピーディーな超音波モーターであるが、タムロンにはまだ超音波モーターを搭載したレンズはない(今後の課題だね)。ニコンにはそのクラスの標準ズームレンズとしては「AF-S DX 17?55mmF2.8G」があるのだけど、残念ながらVRレンズではない。

 手ブレ補正が良く効くレンズは、シャッタースピードにかかわらずきわめてブレの少ない写真が撮れる。つまりブレが少なければ少ないほど、本来の光学的なレンズ性能の実力を最大限に引き出せるということ。ところで、手ブレ補正は低速のシャッタースピードでしか効果を発揮しない、と思っている人がいるようだけどそれは間違い。高速、中速のシャッタースピードでも同じようにブレ効果を発揮する。


 たとえばの話だが、大変に優秀な手ブレ補正機構を備えているレンズであったとして、しかし、もともとのレンズ性能がイマイチだったとすると、そのイマイチのレンズ性能の“実力”が顕著にあらわれてしまい、文字通り「馬脚を現す」ということにもなりかねない。良い光学性能を備えていることと、優秀な手ブレ補正機構とは切っても切れない。ばかりか、総合的なレンズ描写性能を数倍にも引き上げてくれるものなのだ。

 タムロン17?50mmに内蔵している手ブレ補正機構VCの補正能力は、とくに低速シャッタースピードでずば抜けた実力を発揮した。同じような焦点距離で手ブレ補正機構を内蔵したレンズ数本と撮り比べてみた結果である。同じ条件で手持ち撮り比べをして、ブレ補正確率 ―― 撮影画像をディスプレイにピクセル等倍に拡大表示、それを目視してブレを認めない確率 ―― をチェックしてみた。もちろん何カットも撮ってデーターを平均化している。
 その結果は、手ブレ補正効果が高いと言われている某レンズでも、1/8秒あたりまではブレ補正確率85%ぐらいだったのに1/8秒以下になると、とたんにブレ補正確率は25%までがっくりと低下してしまう。ところがタムロンのそれは、1/4秒でも80%のブレ補正確率があった。さらに1/3秒でもブレ補正確率45%あり、すなわち10回シャッターを切れば4?5回はブレのない(正確には「ブレの目立たない」)写真が撮れるという結果であった。これは撮影焦点距離が50mm側にしてテストだ。実質的には75mm相当の画角で1/3秒の超スローシャッターでブレのない写真が得られるということで、これには少し驚かされましたよ。

 ただし ―― 自慢するわけではまったくないが ―― タムロン17?50mmを使えば誰もが1/3秒でブラさないで撮れるというわけではないですぞ。手ブレ補正の効果というのは、はっきり言えば、人それぞれ、です。

六本木ヒルズのライトアップが始まったね

キヤノン・EOS 7D + タムロン・SP AF 17?50mmF2.8Di II VC
 上記のレンズ名はこれでも“部分省略”していて、正式名称は「SP AF 17?50mmF2.8 XR Di II VC LD ASPHERICAL IF」とじつに長々しい。
 「SP」はスーパーパフォーマンスのことでタムロンの高性能レンズにつく冠(かんむり)イニシャル。「AF」は文字通りオートフォーカス対応レンズの意味。焦点距離と開放F値につづく「XR」は、高屈折率ガラス(Extra Refractive Index)レンズを使ったレンズであることを示す。「Di II」はAPS-Cサイズ相当の撮像センサーを使用するデジタル一眼専用レンズのことでタムロン独自のネーミング。ちなみにデジタルカメラに最適化したフルサイズ用レンズは「Di」としている。「VC」はタムロンが独自に開発した手ブレ補正機構(Vibration Compensation)の略、「LD」は異常低分散ガラス(Low Dispersion)レンズのこと、「ASPHERICAL」は非球面レンズのことであり、「IF」はインナー(インターナル)フォーカス方式を採用していることをあらわしている。
 さぁどうだ、勉強になったでしょう。

 実際にはこんな長ったらしいレンズ名称を口に出していったり書いたりするのはいくらナンでもめんどうであることは、当のタムロンもわかっていて、だからタムロンのどのレンズにも、短くて簡潔な「モデル」名称を別に持っている。この17?50mmズームは「B005」という。タムロンの社員はもちろんタムロンレンズに詳しいユーザーは、この「モデル名」を使うことが多く、ぼくのように門外漢はモデル名で言われたって、はて? さて? と戸惑うばかり。


 以下、タムロンにならってB005、についてだけど、このレンズには大きな特長が3つある。
 1つは、開放F値F2.8の「大口径」の標準ズームレンズに手ブレ補正機構を内蔵していること。手ブレ補正内蔵のF2.8標準ズームといえば、このB005のほかにはキヤノンの「EF-S 17?55mmF2.8 IS USM」ぐらいしか見あたらない。つまり、標準ズームレンズは小型化が優先され、大口径にするとそれでなくても大きくなる。さらに手ブレ補正機構を内蔵するとなると小型化することはいっそう難しくなる。多くのメーカーがこのクラスの大口径標準ズームに手ブレ補正を組み込まない(組み込みたがらない)のはそうした理由からだ。

 2つめの特長は、レンズの描写性能が優れていること。とてもシャープな描写をするし、F2.8の開放絞り値から使える実力を備えているし、ディストーションもF2.8大口径ズームにしてはよくおさえられている。とくに感心するのは逆光時のフレアーの少なさ。だから、シャドー部のシマリが良くクリアーで画像にメリハリ感がある。フードいらず、のレンズと言ってもいいかもしれない(でも、レンズフードはしないより、した方がいい場合もあるからね)。
 3つめは、タムロン独自開発の手ブレ補正機構(VC)が大変に優れていて、はっきり言ってめちゃくちゃ効くこと。1/8秒以下のスローシャッタースピードで、ここまで良く効くレンズ内手ブレ補正の機構を備えたレンズはほかにはほとんどないだろう、というほどに良く効く。

ALFA ROMEO GIULIETTA SPRINT

キヤノン・PowerShot G11
 G11についてのあれこれ、前回からのつづき ―― 以下、月刊カメラマン誌で毎号やっているコラム、「開発者、出てこい!」のノリになってしまうけど。

 最近のキヤノンのカメラ開発の姿勢に期待していただけに、ハズされると、期待する側(ぼくのことだ)としてはその反動、反発もついキツくなる。これを読む側の諸兄はそのへんのことをほどほどに差し引いて受け取ってもらいたいのだけど ―― レンズは旧モデルG10のまんまでナンの改良もない。そっくりそのままの流用であることも不満だった。決して悪いズームレンズではないが、まだ改良すべき点もあったのではないか。そりゃあ、レンズの設計をやり直すのは、相当なコストと手間と時間がかかるのは、重々わかっちゃいるんだけど…。
 今回G11が使用しているソニー製の高感度タイプ1000万画素CCDは、高い実力性能を備えていて、レンズがもっと良ければそのポテンシャルをフルに引き出して、キヤノンなら、とびきりの素晴らしい画質に仕上げることもできたはずなのに、と、惜しく思っていたわけだ。

 動画モードはあるけれど、ハイビジョン動画が撮れない。フルHD動画はおろかHD動画も撮れない。
 なんだかんだと言っても、G11はキヤノンのコンパクトカメラの中ではフラッグシップ機種になるはずだ。なのに、いまどきVGA動画しか撮れないなんて、キヤノンですぞキヤノン。なのにHDMI端子はしっかりあるし(HD動画も撮れないのにHDMI端子なんぞいらないぞ)、そのうえ、フルHD/HD動画の処理にも優れた機能を盛り込んでいるはずの DIGIC4 を搭載している(これ宝の持ち腐れじゃないのか)。


 G11にフルHD/HD動画の機能がないのは、たぶん、使用しているソニーの撮像センサーにフルHD/HD動画撮影の機能がないからだろう(同じセンサーを使っているS90もそうだ)。これはキヤノンのせいじゃないと言えなくもないが、でも、キヤノンのチカラをもってすればですぞ、ソニーといえども独自カスタマイズしてもらって何とかできたんじゃないか、とぼくは考えるわけだ。

 そして、あれだけ強く要望し続けているのに、高感度ノイズリダクションの機能を入れようとしない。
 なにもIXY DIGITALにそれを入れろとは言ってるわけじゃない。Gシリーズクラスともなれば、もうそろそろデジタル一眼と同じような高感度ノイズリダクション機能を搭載してもいいのではないのか。G11は高ISO感度に強い優れた撮像センサーを使っているのはよくわかるんだけど、それでも画像をよく見るとカメラが勝手にガシガシとノイズリダクション処理をかけて、解像感を落としているのがはっきりとわかり、それを見るたびに不愉快になる(メーカーを問わず、いまの高感度ノイズリダクション処理はぼくは生理的にきらい)。OFFにする選択肢ぐらいユーザーに与えてくれよ。

 最高感度はISO12800だ、コンパクトカメラでは快挙だ!、と豪語するけれど、じゃあ、その高感度はどのようにすれば自分で選択して撮影することができるのか、たぶんできないと思うのだが、いまいちよくわからん。ISO6400の設定もそうだ。
 ISO感度ダイヤルではISO3200までしか設定できない。つまり、ISO12800とISO6400は「ローライトモード」という一種のシーンモードを選ばないと出てこない。正確に言うと、ローライトモードは完全自動オートであるから手動でISO感度の設定はできない(WBなどなどの設定もできない)。せっかく搭載した“自慢”の高感度なのだから ―― もちろん画質が悪くなることや、画素補間処理をして画像サイズが小さくなることは承知の上で ―― それをシーンに応じて自分で選んで使ってみたいじゃないか、そう思いませんか、はい。(もし、手動設定できる方法を知ってる人がいれば、ぜひ教えて欲しい、ひょっとするとぼくのハヤトチリかもしれないからして)

少しガッカリのG11

キヤノン・PowerShot G11
 モデルチェンジされたG11は期待はずれの、魅力の薄いカメラになってしまった。EOS 7Dを見て近々のキヤノンには少なからず期待していただけに、がっかり感、も大きい。
 EOS 7Dでキヤノンは良い方向に変わった、一生懸命になった、ココロを入れ替えて(と、は言い過ぎだけど)本気を出してですよ、例の出し惜しみすることなくカメラを作っていこうとする姿勢が見え隠れして、今後の展開に期待できるなあ、と思っていた矢先に、このG11だ。なーんだコンパクトのほうはチィーットも変わってないじゃないか。一眼とコンパクトでは、同じキヤノンでも違う路線を歩んでいるのか。それぞれは、それぞれの“おもわく”があって独立独歩、自主性を大切にしておるのか、とそう思ってしまうなあ、これじゃあ。もうちょっとがんばって(マジメにやって)欲しいなあと思わないでもないぞ、今度のG11は、ぶつぶつ…。

 G11になって液晶モニターが以前のようにバリアングル方式が復活したじゃないか、良くなったじゃないか、とおっしゃる向きもありましょうが、へっ、そんなのどこが良いのか。バリアングルを採用したから万歳、なんて、気が知れぬ。


 Gシリーズとしてバリアングル方式採用は、G6(2004年発売)以来なのか。とすれば約5年ぶりだ。デジタルカメラで「5年」といえば一般年月に換算すれば10年か15年に相当する、いやもっとか。なのに、G11のバリアングルの片開きの方式はといえば昔とまったく同じ。「5年」の歳月を経たにもかかわらずなんの“芸”も“工夫”も“進歩”もなく、同じ方式のバリアングル採用というのは、キヤノンとしては手を抜きすぎではないですか。おおっやったね、と感心するような新方式のバリアングルに、どうしてできなかったのか。昔のワタシがそのまま戻ってきました、と言われてもなあ。
 そのうえ、液晶モニターのサイズがG10は3インチ型と大きかったのに、G11では2.8インチ型と小さくなっている。そりゃあアンタ、バリアングル方式を採用したからしょうがないじゃないか、とは言わせないぞ。そこをなんとか工夫をして3インチ型を守るというのがキヤノンの正しい姿ではないのか。さらにですぞ、相変わらずの46万ドットだ。なんで92万ドットじゃないのか。
 文句はまだまだあるが、それは明日次回だ。

「Photo Style」の「宵」

リコー・GR DIGITAL III
 GR DIGITALシリーズ(3機種)の中では最新型の「III」がいちばん素晴らしいデキだ。文句なしに「III」がいい。最新のカメラだから当たり前じゃないか、というのは重々承知のうえ。「I」から「II」にモデルチェンジしたときは、正直に言いますけど、ふーんこんなものなのかなあ、と感じていた。しかし「II」から「III」はそれとは大違い。使ってみると、決しておべんちゃらでもなんでもなく、これはいいぞ、良くなったぞ、と大いに感心感動をさせられた。「II」の現ユーザーが気分を悪くするような言い方になってすまないけれど、「III」を一度使ってしまうと、もう、あほらしくて「II」なんか使ってられるか、という気分になる(ほんとゴメンなさいね)。いいや、この印象はナニもぼくだけでなく、数人の「III」ユーザーからも同じような話を聞いた。

 モデルチェンジでここまで“飛躍的に”良くなったカメラというのは、コンパクトカメラではもちろん、デジタル一眼でもそうそうはないだろう。少なくとも、ぼくの長いデジタルカメラ経験をかえりみても、ほとんど記憶にない。


 「III」が発売されたとき、まだ市場に残っていた「II」の価格が安くなった。前々からGR DIGITALが欲しいと思っていた人が、「今が買い時だ」と、「II」を買おうとしたようだ。事実、ぼくにも、そうした相談をしてきた人がいた。それに対してぼくは、好きにすれば、と言えばいいのにお節介にも、「いいや、 II を買うのは止めたほうがいいよ、少しぐらい高くても III を選んだ方がゼッタイにいい」と、アドバイスした。むろん、その気持ちはいまも変わらない。

 いったいなにが良くなったか。撮像素子そのものも良くなったし、画像処理も良くなったし、スピーディーにもなったけれど、なによりもレンズが素晴らしく良くなった。レンズ性能が良い。たったこれだけのことで、こんなにも写りが違って来るのかと、いまさらながらあらためて実感した次第だ。現行のコンパクトデジタルカメラの中では「写りの良さ」という点についてはナンバーワンだろう。ダントツ、と言い切ってもよい。

 光がたっぷりとある好条件であれば、どんなへぼなカメラでもそこそこの写りはする。しかし、問題は光量の少ない悪条件での写りだ。GR DIGITAL III はそうした条件でも、ほんと良くがんばるじゃないか、と褒めてやりたいほどの写りをしてくれる。ここがいちばん感心した点であり、実際に、光の少ない薄暗い悪条件ばかりでたくさん写してみて強く実感したことだ。そのぼくがGR DIGITAL III で撮った写真は ―― テレくさいのでずっと黙っていたけれど ―― リコーのホームページの片隅の目立たないここのギャラリー「Photo Style」のコーナーで見ることができますからして、気が向いた人はどうぞ。