どうしたカシオ、近頃ヘンだぞ

カシオ・EX-TR100

 日曜日の早朝、5時半過ぎの六本木。
 日比谷線の六本木駅のホームは人であふれかえっていてラッシュアワー状態だ。うかうかしてると乗り込んでくる大勢の若いヨッパライたちに押し戻されて電車から出られなくなってしまう。そのことはそう珍しくもないことだけど ―― 土曜日、日曜日の早朝はいつもそうだ ―― この日は、どこかでやっていたハロウインのお祭りで、ハイになった朝帰りの若者がいっぱい。地下鉄の階段を上がって大通りに出ても六本木のあちこちで大騒ぎが続いていた。

 「オトウさん、ケータイで写真、撮ってるよぉ」と女の子の笑い声がする。
 オトウさん、とはぼくのこと、のようだ。オレはおまえたちにオトウさん呼ばわりされる筋合いじゃないぞ、と、そんなヤボなことは言わない。ケータイ、とはTR100のこと。そうなんだよ、このカメラの姿カタチはケータイそのものだなあ、と再確認する。スマートフォンとそっくりウリふたつだ。ほら、左がiPhone、右がTR100だ
 iPhoneは電話もできる、Wi-Fiも使える、写真も撮れる、動画も撮れる、たくさんのアプリもある。ところが、TR100には通信機能はまったくない。スマートフォンから通信機能を“取り去っただけ”の腑抜けのようなカメラ付きケータイ、のようだ。

 カシオがこのTR100を企画したときにはすでに、数年後にはスマートフォンがいまのような状況になることは(少し広い視野があれば)予見できたはずだ。なのに、カシオはいったいナニを考えて企画し、ドコを向いてカメラをデザインしたのだろうか。どうしたんだカシオ。なんだかヘンだぞカシオ。


 TR100は、それにしても「恵まれない星」の下に生まれたカメラ、のような気がしないでもない。今年春のCP+のカシオブースでは、発売前のこのTR100を前面に押し出して大キャンペーンをやっていた。その勢いをつけて4月に発売の予定だったのだが、部品メーカーが大震災の影響を受けて発売を大幅延期。ようやく、ぼちぼちと生産にこぎつけたものの、国内の販売はしばらくお預けで米国向けの販売を優先させた。

 ようやく7月末に国内の販売が開始されたのだけど、国内のユーザーは2月に発表後に震災があってそれから「音無し」だ。TR100のことなどいつまでも憶えてくれてないし、興味もすっかり失せてしまっている。そりれは仕方ない。そのうえ、写してみれば内蔵レンズがよろしくないし、画像処理も強引さばかりが目立つ。いまどきのスマートフォンのほうがずっと描写はよい。

 枠と本体が自由自在に角度変更できる。くるくる回してるとルービックキューブを思い出す。21mm相当の広角単焦点レンズ内蔵。まるでトイカメラのような写り。レンズの悪さをカバーしようとして、チカラまかせのシャープネス。1210万画素の裏面照射型CMOSセンサー。SDカード使用。感圧式のタッチパネル方式の3型液晶モニター。感圧反応、ややにぶい。フルHDの動画撮影ができる。いまとなれば当たり前の機能だ。
 離れてカメラに向かって手を振ればそれに感知して2秒後に自動的にシャッターが切れるモーションシャッター。これはおもしろい。素晴らしい撮影機能だ(動画が撮れないのが残念だけど)。しかしこのモーションシャッターぐらいなのだなあ、TR100を使って感じる魅力は。

 QV-10からカシオのデジタルカメラのほとんどの機種を使って愉しんできたぼくとしては、このTR100に限らず、どうも最近のカシオのカメラには使うたびに「どうしたんだろうカシオ」と感じることが多い。

未来的なカメラ

ニコン・Nikon 1 V1+1 NIKKOR VR 30~110mmF3.8~5.6

 新しい映像表現であるモーションスナップショットのほかに、もう1つ、新しい撮影機能がある。スマートフォトセレクターと名付けられたものがそれ。こちらは“新しい映像表現”とはいえなく、どちらかと言えば“便利撮影機能、安心撮影機能”といえるものだ。
 シャッターを半押しすると30fpsの高速スピードで静止画(フル解像度)が順次プリキャプチャーされる。「ここだっ」とチャンスにシャッターを全押しすると、その時点で前後20カットの写真が、秒間30コマの連写速度で撮れる。20カットの内訳はシャッター全押しの「前」が12コマ、全押ししたカットが1コマ、全押し「後」が7コマだ。

 撮影者が、「チャンス」と思って撮った瞬間でも、どうしてもタイムラグが生じてベストの瞬間を逃すことがある。動きの速い被写体ではとくにそうだろう。ところが、このモーションスナップショットは、「チャンス」の前後をたくさん撮っておいてくれる。よほどタイムラグのノンビリした人でない限り「チャンス=決定的瞬間」を逃すことがない。
 さらにNikon 1は、その20コマの中から「これは良く撮れました」とカメラが判断して、5カットを自動的に選び出す。残った15カットは、「これはいらないよね」と捨ててくれる(ちょっと勝手すぎるけど)。その選ばれた5カットの中から、撮影者自身が互いに見比べながらベストショットを選びなさいね、というもの。「いろいろ好き嫌いもあるでしょうから自分で選んでちょうだい」というわけだ。
 残念ながら、勝手に捨てられた15カットは撮影者自身は再確認することはできない。闇に葬られたまま……。

 20カットから5カットを自動的にNikon 1が選び出すわけだが、その選択の基準が不思議なのだ。詳細がわからない。相当に複雑な条件を加味しながら写真を見比べて判断しながら、最終的に5カットを選ぶそうなのだが ―― たとえば、人なら目をつむっているカットとか、髪の毛が顔に隠れているカットとか、横を向いているカット、ピントとか露出などなど ―― これ以外にも、あれこれ「大切な条件」もあるそうだが「それは内緒です」と教えてもらえなかった。


 このスマートフォトセレクターの撮影機能のことをニコンのある開発担当者は、「念のためのもう1枚、の必要ない撮影機能」だといっていた。うんウマい表現だ、と感心した。

 ところで、Nikon 1に新しく採用された1インチ型の約1010万画素CMOSセンサーのサイズは13.2×8.8mm。フォーサーズセンサーが17.3×13.0mmだから、ちょうど半分ぐらいの大きさと考えればよい。ニコンが自社で開発設計して、それをセンサー製造メーカーに作ってもらったものである。
 この新開発の1インチ型センサーが、なかなかの実力派なのだ ―― 高速読み出し速度(59.95fps)とか像面位相差AF(73点)機能は別にしても ―― 。とくに高感度の画質が良い。予想以上だ。試しに、オリンパスの最新型のE-P3と比べてみた。高ISO感度でのノイズを中心に見た画質についてだけ言えば、1EV程度Nikon 1のほうが勝っていた。低ISO感度の画質や、解像描写力だけを比べてみれば、それは仕方ないことだがセンサーサイズが大きく画素数も多いE-P3のほうが良かった。

 フォーサーズセンサーの半分の大きしかなくて、この画質ならナンの文句があろうか、優秀ではないかと、ぼくはそう評価したい。画質だ画質だと、ワケむちゃにそれだけを望むならフルサイズ判か中判カメラを狙えばいい。いま、カメラの選択肢はいくらでもある。
 フルHDの動画撮影中にフル解像度の静止画がパッパッと撮れる、60コマ秒もの高速連写ができる、10コマ秒の高速連写で高速AF追従させて誰でもがカンタンに撮れる(上の写真、こちらに高速で向かってくる山手線の車両を10コマ秒AF連写)、などなど「これからの新しい時代のカメラ」として素晴らしい素質を備えた未来的なカメラだ。

愉しい愉しいモーションスナップショット

ニコン・Nikon 1 J1+1 NIKKOR VR 10~30mmF3.5~5.6

 Nikon 1には、いわゆるアートフィルターやデジタルフィルターのような、最近“流行”の自動画像加工機能が備わっていない。あれっ? どうしてだろうか、と不思議に感じるところがほかにもいくつもある。AEブラケット撮影の機能がない、とか、VRの初期設定がノーマルモードではなくアクティブモードだったり、とか、連続動体予測AFの撮影をすると5コマ/秒よりも10コマ/秒のほうがずっとAF追随性能が良かったり、とか、不思議なところの多いカメラだ。

 こうした不思議はともかくとして、しかし、いっぽうでNikon 1には注目すべき撮影機能や新しい機構が盛りだくさんある。新開発の1型サイズのCMOS撮像センサーも、1959年から続くニコンFマウント以来の新しいNikon 1マウントも、レンズ交換式カメラとしては初めての像面位相差AFも、フル解像の画像で60コマ/秒の連写機能も、ほかにもいっぱいあれもこれも、という具合に、じつにチャレンジャブルな試みを盛り込んだカメラでもあるのだ。


 中でも、Nikon 1を使っていて「これはおもしろいっ」と感心したのが「モーションスナップショット」だった。シャッターボタンを押すだけで、静止画と、シャッターを切った前後の約1秒間がスローモーション動画で記録される。これを再生すると静止画とスロー動画と音楽が組み合わせられて、いやいや、なかなか雰囲気のある映像に仕上がっている。見ていてめちゃ愉しい。

 このモーションスナップショットは、シャッターを半押しすると同時に動画がプリキャプチャーされ順次バッファーに貯め込まれる。ここぞっ、とチャンスにシャッターを押し込む。そこでフル解像度の静止画が撮れる。と同時に、動画はシャッターを切った前0.6秒、後0.4秒の合計1秒間がスローモーション動画として記録される。
 これを再生すると、スロー動画(約2.5秒)と静止画があわさって約10秒間の映像に仕上げられ音楽とともに「映写」される。再生モードのメニューで、モーションスナップショットだけのスライドショーを選べばスロー動画だけがつなぎあわさって、これがまたじつに雰囲気のある映像になるのだ。

 激しく動き回る元気なこどもの様子をモーションスナップショットでつぎつぎ撮っておいて、スライドショーにして見てみる。たったこれだけのことだが、じょうずヘタかんけいなく、おおっ、と感心してその映像に見入ってしまう。こどもでなくても、たとえば風にそよぐ木々や木の葉をアップやロングで撮ってそれをスライドショーで鑑賞、ってものいいですぞ。ただ、それを印刷物やこのブログで「体感」できないのが残念ではありますが。

1 NIKKORズームレンズの不思議、その2

ニコン・Nikon 1 J1+1 NIKKOR VR 10~30mmF3.5~5.6

 最近のデジタルカメラ用で、沈胴式のおもな標準系ズームレンズとしては、オリンパスPENシリーズ用の14~42mmズーム(28~42mm相当)、フジのX10の、こちらは固定式だが7.1~28.4mmズーム(28~112mm相当)、そしてNikon 1の10~30mm(27~81mm相当)などがある。前日の沈胴ズームのロック装置のつづき。

 PENの14~42mmの鏡筒にはロックボタンがある。ズームレンズを伸ばすときはロックフリーでそのまま回転すればよい。しかし、沈胴状態に戻すときにロックボタンを操作しないといけない。理由は広角端で不用意に沈胴状態に戻ってしまうからだ。14mm広角側で回転をストップしている。これを解除して沈胴状態に戻すときにボタン操作する。この操作がぼくは当初から不満で、広角端で回転が少し止まるようにクリックを強くしておけば済むことじゃないか、と。ちょうど「土手」を乗り越えるような構造にしておけばいい。

 すると、先日発表されたフジのX10では、そのぼくが望んでいた通りの方式で出てきた。X10の沈胴式ズームレンズにはロックボタンなんてヤボなものはない。フリーにズームリングを回転させればいいだけ。「土手」を乗り越えるときに少し抵抗がある。ちょっとチカラを入れて回転すればそのまま、スイッとズームが伸びて撮影スタンバイ状態になる。沈胴状態に戻すときも同じくそのまま逆回転すればいい。行きと戻るときの「土手」を乗り越える抵抗(重さ)を変えているのが心憎い配慮だ。
 いっぽうNikon 1のズームレンズはといえば、行きも戻りも、ロックを解除、ロックを解除でないと、どうにもこうにもならない。このことは前回のブログで言ったことだ。


 さらに、フジのX10ズームはズームリングを回転してズームを伸ばすと、同時にカメラの電源がONになる。もとの沈胴状態に戻すと電源は自動的にOFFになる。ごくごく自然な操作方法だ。
 PENの14~42mmはといえば、ズームレンズを伸ばそうが縮めようが電源スイッチのON/OFFはしない。これはコレで潔い(お世辞だ)。

 ではNikon 1の10~30mmはどうなのか。ロックボタンを押してズームを伸ばすと、X10ズームと同じように電源スイッチがONになる。うん、ここまではいいだろう。ところが、沈胴状態に戻してもなぜか電源はOFFにならない。ん? なぜ? 。電源をOFFにするには、そのつどカメラボディの電源スイッチを押す必要がある。これが大変にめんどうなのだ。

 なぜ自動的にOFFにならないのか。ぼくは理由をあれこれ考えたが、さっぱりわからない。きっと、あのニコンのことだから、うーんなるほどっ、と納得する理由があってのことだろうと、そう思ってニコンに問い合わせた。
 で、戻ってきた公式回答が、ジョーダンやめてよ、と言いたくなるようなシロモンだった。ここでは、ぼくとしてはニコンの名誉のために敢えてその回答を秘すことにしたい。
 というわけで、「Nikon 1の七不思議」のもう1つがコレ。

1 NIKKORズームレンズの不思議、その1

ニコン・Nikon 1 V1+1 NIKKOR VR 10~30mmF3.5~5.6

 タイのアユタヤにあるニコンのメイン工場が洪水で完全に操業をやめているという。数メートルもの冠水状態だとニュースで読んだ。アユタヤの工場ではD700やD5100といったニコンの主要機種、販売数量の多い交換レンズなどを作っている。ぼくは数回、そのアユタヤ工場に取材に行ったことがあるので状況がおおよそ想像がつく。気がかりでならない。
 ただ、不幸中の幸い、といってはなんなのだが、もうすぐ発売が始まるNikon 1の生産はアユタヤ工場ではなく中国の無錫(むしゃく)工場。だからNikon 1にかんしては製品の供給は問題ないと思う。

 ニコンは3月の東北大震災で仙台のマザー工場が大きな被災を受けた。ようやく立ち直りつつあるといときに、この洪水被害だ。とにもかくにも早い復旧を願うばかりで、ニコンがんばれ!


 ところで、そのNikon 1の交換レンズ用として、単焦点レンズが1本とズームレンズが3本の計4本が同時に発表された。1 NIKKORレンズである。焦点距離を2.7倍すると35mm判換算での画角相当になる。
 標準ズームレンズは10~30mmF3.5~5.6で、これは35mm判換算で27~81mm相当になる。外観はちょっと素っ気ないレンズだが、外観のイメージとは違って描写性能はとても良い(望遠ズームの30~110mmレンズの写りはもっと良い、ズームレンズとは思えないほどシャープな写りだった)。

 10~30mm標準ズームは、いわゆる沈胴式レンズである。ズームリングを回転すればズームが伸びて撮影スタンバイ状態になる。ただし、ズームリングにあるロックボタンを押しながらでないと回転しない。で、もとの沈胴状態に戻すときも、同じくロックボタンを押しながら回転しなければならない。押しながら回す、これがめちゃくちゃめんどう。ボタン押しの操作感もあまりよろしくない。

 なぜ、こんなめんどうなロック解除の操作をユーザーに強いるのか、それが不思議。ロックを付けた理由をいくら考えてもさっぱりわからないので、ニコンに聞いてみたのだけど、ちんぷんかんぷんな回答しか戻ってこない。ニコンのことだから、ナニかきっと大事な内緒の理由があるんだろうと想像するがそこがよくワカラン。
 というわけで「Nikon 1の七不思議」の1つにこれを加えたい。

Nikon 1の不思議

ニコン・Nikon 1 J1+1 NIKKOR VR 10~30mmF3.5~5.6

 いいカメラだ。魅力的な撮影機能もあれこれ入っているし、カメラの外観デザインもシンプルでぼくは好きだ ―― それに比べてレンズのデザインが追いついていないのが残念だけど。ボディ両端の丸味を帯びた形状などウマい処理だ。使ってみていちばん印象に残ったのはとても「未来的」なカメラであるということ。開発の担当者が「この新しいマウント、Nikon 1マウントは30年先のことも考えて開発した」と豪語していたけど、話半分としても相当に先の先のことまで考えて作られた新システムカメラなのだろう。

 というのがぼくのNikon 1インプレッションだが、どうも、ぼくの周りの人たちからイマイチ評判がよろしくない。でも、その意見をよく聞いてみると、既存のニコンの一眼レフカメラと真っ向比較しているフシがある。そうじゃないよ、とぼく。ニコンの一眼レフカメラとは“まったく違う”新しいカメラシステムがNikon 1で、ユーザーターゲットも小むつかしいことをいうカメラ愛好家のような人たちではなく、その人たちの向こうに広がって厳然と存在している「未知のカメラユーザー」をねらっているカメラなのだ。
 もう1つ。Nikon 1は日本の、国内市場だけを見ているのではないということ。圧倒的な割合で ―― 日本のマーケット市場はごくごくわずかだ ―― ワールドワイドなカメラなのだ。


 とにかく世界中の人たちに「新しいニコン」を見てもらわなくてはいけない。だからこそ、あれだけの思い切ったカラーバリエーションにしたし(交換レンズも“とも色”)、限定販売ながらピンクのカメラも出した。
 ピンクのカメラを見たとき、ニコンの、その涙ぐましいまでのイメージチェンジ努力を感じた。あのニコンが、なりふり構わず、そこまでへりくだることもないだろう、とさえ思ったほどだ。

 ニコンといえば、堅い、ガンコ、プロ用、難解、質実剛健、などなどといった「印象」が強い。実際、アンケートを見てもそれらの印象がずば抜けて高いという。そうしたイメージをとことん払拭しないことには「未知のカメラユーザー」には振り向いてももらえない。ニコンの宿命からの脱皮。それがNikon 1ではないのか。

 つまり、Nikon 1は古くからの「カメラ」の価値観を引きずって評価するのではなく、将来の、未来のカメラとしてどうなのか、日本だけでなく世界中の人たちがどう感じるか、という視点で見て評価する必要があるのではないか。
 とはいえ、ぼくもまた古いカタチの人間だから、新システムカメラのNikon 1に対して「不思議」をいくつも感じる。なぜだ、どうしてだ、と不思議に思うことが7つほどあって、それをぼくは「Nikon 1の七不思議」とよんでいる。そのハナシはまたいずれ。

アスペクト比を考察する

富士フイルム・X10

 新型の2/3型CMOSセンサーはフジ自身が新規に設計開発してそれをセンサー製造会社に作ってもらったもの(どうでもイイことだけど東芝製)。
 同じXシリーズのX100のセンサー(これまたどうでもイイことだけどソニー製)はAPS-Cサイズ判で、そのアスペクト比は「3:2」である。対してX10の2/3型センサーのアスペクト比は「4:3」である。同じシリーズのカメラなのになぜアスペクト比が違うのか。このことは開発者インタビューのときに聞いたのだけど明確な回答はなかった(いえない理由があったのかもしれないが)。

 ぼくとしては、X10のセンサーがなぜ2/3型なのかという疑問よりも、なぜアスペクト比が「4:3」なのか、という疑問のほうが強かった。たとえばX10をサブカメラにして、X100や他の多くの一眼レフカメラと同時使用するときアスペクト比が違うと、フレーミングするときも、できあがった画像を並べて見たときも、どうにもこうにも違和感がある。

 X10では「3:2」のアスペクト比に切り替えることはできるが(X100では「4:3」モードは備えていない)、そうすると、せっかくの4000×3000pixelの約1200万画素の画像が、画面上下を“切り捨てた”4000×2664pixelの約1065万画素の画像になってしまう。ケチなぼくとしては、もったいないなあ、と……。


 いや、それはジョーダンとして、あの精密で素晴らしいデキの光学ファインダーの視野アスペクト比はといえば「4:3」なのだ。つまり「3:2」に切り替えてしまうと、せっかくの正確でデキの良い光学ファインダーで気分良くフレーミングができない。話はちょいと横道にそれるが、Nikon 1の新開発1型センサーのCXフォーマットのアスペクト比は、ニコンの既存のFX、DXフォーマットと同じ「3:2」なのだ。

 画面アスペクト比なんてそんな些細なことをナニを大業に、と感じておられるフレーミングを大切にしない人もいるだろうけど、それはともかく、X10を手にして使ってみると、そのカメラの仕上げも操作感も写りもあまりにもイイので、だからこそだッ、そうした“チョッとしたコト”がとても気になってしまう。
 おっと、ツッコまれないうちに言い添えておくが、画面アスペクト比「3:2」のカメラと同時使用せずに、X10単独で使うぶんには標準設定の「4:3」のままでどーってことないんですよ。
 ただし、X10の「4:3」アスペクト比には1つ“大きな欠点”があるのだが ―― ぼくは「それだけは許せんッ」と怒っているけど ―― 皆さん、ご自身で「発見」してください。

 というわけで来年発売予定のフジのミラーレス一眼のセンサーが「4:3」か「3:2」か、ぼくは興味津々だし、近々発表されるだろうキヤノンのミラーレス一眼のセンサー・アスペクト比も同様に気になる。

X10はX100の数倍は魅力的

富士フイルム・X10

 このX10については、次号(10月20日発売)の「デジタルカメラマガジン」で解説とインプレッション、開発者とのインタビューの記事を掲載している。なので、X10に興味のある方はぜひ雑誌を購入して読んでください。というわけで、ここでは、その記事で言い足りなかったこと、書き忘れたことなどの「補足」にとどめたい ―― もったいぶっているわけではないぞ。

 さて、Xシリーズの1機種目のX100が予想以上に売れたことと、予想もしてなかったほど女性ユーザー比率が高かったこともあって、フジはこれに気をよくしたのか、イケルぞと自信を持ったのか、2機種目のX10ではもっともっとユーザー層を広げようと、初心者でも気軽に使えるカメラに仕立てている。

 X10の外観デザインや操作方法などのカメラスタイルは、X100と似てじつに男っぽくてクラシカルである。しかしその中身はX100と大きく異なる。たとえばX10にはP/A/S/Mの基本モードのほかに、シーンモードがあったりEXRオートがあったり、画像処理で背景をぼかして撮れるモードなど、初心者でも撮影が愉しめる機能を盛り込んでいる。フルHDの動画撮影もできる。手ブレ補正の機構もある。


 対してX100の撮影機能もスタイルも、質実剛健というかそっけないというか。いやそこがX100の魅力なんだろうけど、しかしX10といっしょに使って撮影をしてみると(X100が見劣りするというわけではないが)、X10の良さがあらゆる面で際立ってくる。ファインダー内に、表示がまったく出てこないなどの不満はあるけれど、カメラ、ズームレンズの操作感はすこぶるよろしい。

 画質について言えば、通常ISO感度範囲内ならX100と比べても“ほとんど見分けがつかないほど”優れた画像が得られる。高ISO感度での画質は、やはりX100のほうがイイけど、それでも1EV程度の「差」ぐらいしかない(X10の高感度ノイズはツブがキレイに揃っていてそれほど不愉快ではない)。
 X100には手ブレ補正の機構がない。開放F値が明るくてもX100ユーザーは手ブレにはきっと相当に悩まされていることだろう。ブレてしまえばせっかくのレンズも台なしだ。X10には2~3段ぶんを補う手ブレ補正の機能がある。内蔵ズームレンズの性能も“単焦点レンズなみ”と言ってもいいほどの素晴らしい描写力だ。その描写力を最大限に発揮できるのがX10のいいところ。

 カメラの扱いやすさ、写りの良さ、カメラらしいスタイル、高品質な仕上げなどなどを総合的に見比べてみると(X100には素晴らしいハイブリッドファインダーがあるけれど)、X10のほうが「数倍」は魅力的カメラだと感じる。

フジのデジタルカメラ

富士フイルム・X10

 今年の春に発売を始めたX100は、発売開始とともに、ファインダーが傾いた不良品が出たり、カメラの底部にたわみがあって“座り”の悪い機種が出たり、東日本大震災で生産工場が大ダメージを受けたり、と苦労と苦難の連続だった。それでも「予想以上の好調な売れ行き」だったそうで、発売から6ヶ月で約7万台を売り「今年度中には10万台を目標にしている(古森社長)」と、先日のX10の記者発表会で言っていた。

 驚いたのはX100のユーザーのうち女性が占める割合が大変に高いことだった。フジが発表したユーザー調査では、男性が58%、女性はといえば42%だという。あのクラシカルなスタイルの、単焦点レンズ内蔵の、決して小型でも軽量でもなく、安くもないカメラを、多くの女性が購入して使っているというのが、ぼくはびっくりでありました。
 いやでも思い起こしてみれば、今年2月のCP+、フジのブースでのX100のタッチアンドトライに若い女性が長い行列に何人も並んでいるのを見たときから、どうもヘンだなあ、と感じてはいた。



 とにかく、X100の“成功”のおかげで「Xシリーズ」を本格的にスターができた、と言ってもよく、もし、X100が“不成功”だったとすれば、X10も、そして来年春に発売予定のミラーレースタイプのレンズ交換式一眼システムカメラもなかっただろう。
 じつは ―― いまだから言えることだけど ―― 昨年のある時期に、X100の試作機種を見せられたときに「このカメラが売れてくれればレンズ交換式のカメラに挑戦ができるんですよ」と、とある関係者がぼくにポツリと語っていた。

 フジのデジタルカメラを設計、製造、販売をおこなっている電子映像事業部の本部長に樋口さん(元フジノンー富士写真光機ー社長)がやってきてから、フジのデジタルカメラづくりの姿勢が大いに違ってきた。
 それまでは、どちらかと言えば、“恐る恐る”カメラを作って売ってきた時期が長かったのに、たぶん樋口さんが仕掛け人なんだろうけど、“勇猛果敢”にカメラを企画し作るようになってきた。まさに、いけいけどんどん、といった感じなのだ。レンズをできるだけ「自前で」調達するようにして、そのレンズがとても良かったこと。カメラの企画が時代にマッチしたのか、作ったカメラがワールドワイドで売り上げをぐんぐんと伸ばしたこと。

 こうした「成功」の中で、新しく高級、クラシカル、高品質指向のXシリーズを始め、その第一弾がX100。それに続く第二弾が、そう、X10だというわけであります。というわけでX10については後日、ということで。