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使いこなしの難しいレンズ

オリンパス・M.ZUIKO DIGITAL ED 25mmF1.2 PRO + OM-D E-M1

 この25mmF1.2は使いこなしも難しいが、誤解されないようにコメントするのもなかなか難しいレンズだ。

 同時発表された12~100mmF4 ISズームの描写のように、誰が見ても「うわっ、凄い写りだ」と感心するレンズではない。
 F1.2の大口径絞り値とぼけ具合に幻想を持っている人や、かりかりのシャープな解像力描写を期待している人や、コントラスト高めのパンチのある写真が好みの人には、はっきり言って不向きなレンズだ。手を出さないほうが得策だろう(余計なお世話だよね、自分でもそう思う)。

 同じオリンパスのM.ZUIKO DIGITALのPROレンズの中で、12~100mmF4や40~150mmF2.8とはやや(いや、かなり、かな)テイストの異なる描写性能を持ったレンズである。クセのある描写、とでも言えばいいか。決して悪いレンズではないが、ちょっと素直じゃないレンズ。
 しかし、その「クセ玉」を納得して使うなら、こんなに愉しいレンズはないだろう。
 期待する描写が得られなかったら、それは自分の「技倆」が不足してるからだ、と自己反省できるココロに余裕のある人におすすめしたいレンズだ。

 そう、いま思い浮かんだのはニコンのAF-S NIKKOR 58mmF1.4Gで、そのレンズとやや似た部分がないでもない。ただし、ニコンの58mmF1.4レンズほどのじゃじゃ馬、こてこてのクセ玉レンズではない。




 オリンパスの25mmF1.2もニコンの58mmF1.4も、ぼけ味にとことんこだわったレンズである。レンズ設計の手法は異なるが、ぼけ味を最優先する設計を選んだのはどちらも同じ。そのぼけ味優先主義が行きすぎたために「他の描写性能(たとえば解像描写力)」がちょっぴり犠牲になってしまったかな、という点でもよく似ている。

 つまり、25mmF1.2レンズは解像力をうんぬんするレンズではなく、自然なぼけ味と豊かな諧調描写のほうに価値を見いだすレンズだということ。

 この25mmF1.2レンズのことについて、「F1.2の開放絞りでも、ピントの合った部分はシャープで解像力も充分にある」、なんてアホなコメントをするテストレポーターは、まさかいないとは思うが(いるか、な?)、もしいたとすれば救いがたい節穴眼だろう。

 大口径レンズの明るい絞り値で"ある部分"にピントを合わせて撮れば、ピントの合った部分以外は大きくぼけて写る。だからピントを合わせた部分はくっきりとシャープに写ったように見える。そんなことは、当たり前のこと。最近のレンズでは、どんなヘボ玉レンズでもピントの合った部分はそこそこシャープに写るもんだ。
 初心者ならいざしらず、ピントを合わせて写した部分がホントに解像力のある描写であるかどうか、それをしっかりと見極めないといけないよね。テストレポーターともあろうものが大きなぼけ味に騙されちゃいかんということですよ(これまた余計なお世話だよね、ほんと)。

 で、かんじんのオリンパス25mmF1.2レンズはというと、自然でなだらかなぼけ味描写はいいのだけど、その良さに反して解像描写力が少し犠牲になっている印象。ボケ味優先主義レンズ。
 ただし、誤解されちゃ困るので付け加えるが、25mmF1.2レンズが解像力のないレンズだという意味ではない。かりかり解像力描写を優先したレンズではない、ということだ。うーむ、言い方が難しい。

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