EOS 40DとEOS 50D

キヤノン・EOS 50D(β版) + EF-S 10?22mmF3.5?4.5
 EOS 40Dは充分に良いカメラだと思っていたが、いやはや50Dを使ってみたら50Dがもっと良い。ほとんど文句の付けようのないカメラなのだ。そのことにまたびっくり。こんなふうに、50Dが良くできているなあ、とぼくが強く感じたことは、40Dのユーザーが50Dを使ってみればすぐにわかるはず。納得するはず。そして、40Dユーザーならば50Dのデキに少なからずショックを受けるに違いない。ぼくがそうだった…。
 だから、ここで1つ忠告でありますが、現在40Dのユーザーで、ご機嫌さんで40Dを使っていて、40Dが好きでそれに満足しているなら、可能なかぎり50Dに近づかないことです。きっと50Dがすぐに欲しくなるでしょう。40Dを手放して50Dを手に入れたくなるかもしれない。40Dのユーザー以外には、この気持ちは(おそらく)よくはわからないと思う。


 さらに都合の悪いことにぼくの場合、新型50Dと旧型40Dを同時に使いこなすことをやってしまった(仕事で仕方なく)。だから余計に50Dの「良さ」を実感させられてしまったわけだ。画素数が1510万画素になって解像力がアップしたことはともかく、液晶モニターの見え具合や高ISO感度での画質の向上、オートライティングオプティマイザ機能の効果、オートホワイトバランスの安定性、そしてライブビューモードでの使い勝手の良さ、などなど。
 でも ―― このことはとくに現40Dユーザーに向けて言っておきたいことだけど ―― だからといって40Dが陳腐に見えたりダメなカメラに見えたりは決してしないということ。40Dはそれなりにとても完成度の高いカメラだし、まだまだとうぶんは使い続けていけるカメラだと、いまでもそう思う。50Dと比べてしまうととどうしても40Dの印象が薄くなってしまう、ふらっと50Dに浮気をしてしまいそう、ということかな。
 確かに、数年前までは新型カメラが出ると、それまでの“最新型”の機種がとたんに陳腐化してしまったこともあった。でも、いまはだいぶそうじゃなくなっているようにも感じるけれど。