いままで写らなかったものが写せる時代

ニコン・D3S + AF-S VR 70?300mmF4.5?5.6G
 2日ほどの前、D3やF6を“正しく”読まなかったら、ニコンの後藤さんが「バッキンだ」と言ったと書た。それを読んだ人が、「後藤さんがほんとに罰金を取るの?」なんてトボけた質問をしてきて、ぼく大いに驚く。そんなワケないじゃないですか。大企業の、その役員といえどもですよ、社員に対して罰金処分なんてことができるはずがない。

 後藤さんらしい、冗談、ユーモアですよ。ニコンでは珍しい「外向き」の人だからのぼくらに対するサービスもあったでしょう。その時も、後藤さんは大笑いしながら「バッキンですよ」と言っていただけ。でもカメラ名の読み方などについては、ニコン社内でハッキリとした「決まり」はあるようです。他のメーカーのことは知らないけどニコンの場合は、ドキュメントとして用意されているみたい(噂レベルのハナシだけどね)。
 後藤さんって誰? と思ってる人は「ニコン 後藤」で検索でもしてみてください。

 さて、D3Sは超高感度で撮影ができる、というたったそれだけのことで、たくさんのメリットが出てくるのだが、『いままで撮れなかったものが撮れる』、これがなによりも素晴らしいこと。つまり、写らなかったものが写せる。それによって新しい写真表現の可能性がふくらむ。
 新しい写真表現を可能にするための道具(カメラ=D3S)が提供されたわけで、あとはその道具を使って撮る側の、すなわち私たちの「想像力と創造力」が試される時代になった、ということじゃないのかなあ。


 超高感度と手ブレ補正や大口径のレンズと組み合わせれば、さらに、撮れる(写せる)範囲は広がる。
 ISO102400なんて超高感度での撮影など、フィルム時代には“夢にも”思わなかったことだ。それが、いま現実になった。フィルムではISO1600とかISO3200ぐらいの感度がほぼ限界で、特殊な増感現像処理をしてISO6400からISO12800相当ぐらいまでにすることはできたけれど、そこまでした画像はへろへろもいいところ。

 ISO1600のフィルムを1?2EV増感したものなんてのはね、デジタルカメラから写真を始めた人にはピンとこないだろうけど、シャドー部のデンシティなんぞあってないがごとしで、現像かぶりはある、粒状性は荒れ放題で、いま高感度画像にあれこれ文句を言っているような、そんなノイズや画質のレベルなんぞ比べるまでもないほどひどかった。それが、いまやISO12800なんて感度が「常用感度」になってしまった。