「レンズの味」と「レンズの個性」

オリンパス・E-PL1+M.ZUIKO DIGITAL ED 14?150mmF4?5.6
 このオリンパスの14?150mmズームレンズに限らず、最近、どこのメーカーの交換レンズも性能はとても良くなっている。解像力も階調描写力も、操作性もいい。秀才レンズばかりだ。逆光での描写性能もすこぶる良くなっている(ただし逆光でたまに、おやおや、と呆れるような写りをするレンズもなくもないけれど、しかしそれも昔に比べれば数は極めて少ない)。
 14?150mmズームを使ってみて、つくづくそう感じた。広角から望遠までをカバーする高倍率ズームの中では秀逸と言っていいほどの優れた描写性能を持つレンズだ。広角側でも望遠側でも、ここまで安定して破綻の少ない描写力を備える高倍率ズームレンズは珍しい。

 最近のレンズの性能が良くなった理由はいくつかあるのだが、その中でもっとも大きな要因はデジタルカメラの出現によるものだろう。フィルム時代ではフィルムそのものがレンズを通って写る画像に対して「優しさ」を持っていた。レンズのダメな部分はオブラートに包み込むようにして隠し、レンズのいい部分だけを引き出して強調してくれるような、そんな優しさがあった。レンズもまた、そうしたフィルムの優しさに甘えるところがなくもなかった。フィルムとレンズの性能向上のストーリーは、まさに二人三脚でもあった。


 ところが、デジタル時代になると、一転、レンズの悪いところも良いところも平等に、ストレートに表に出てくるようになった。フィルムに比べればデジタルセンサーは優しさなんてみじんもない。冷酷無比、血も涙もないといってもいいくらいだ。
 さらにデジタルカメラが高画素化していくにしたがって、レンズにとってはたまったもんじゃなくなる。まるでレンズの高精度テストチャートを手を変え品を変えて毎日、試し撮りされているような状況だ。それがリアルタイムでインターネット上にさらされる。だから、必然的にフィルム時代とは比較にならないほどレンズの“科学的光学的”な描写性能を向上させ、安定させなくてはならない。その結果、さまざまなレンズ設計技術や製造技術がデジタル時代になって飛躍的に進歩、発展したようにも思える。

 いままで到底、製造が不可能だったような曲率の高い大型の非球面レンズの出現や、新種のガラス硝材の採用、特殊なレンズコーティング技術の開発、高精度なレンズを安定的に生産できる組み立て技術と検査技術などなど。たぶん、レンズ性能は今後、もっともっと向上していくに違いないと思われる。

 ただ、フィルム時代からデジタル時代になって、1つ、大切なことが忘れられてきているようにも思う。それは「レンズの味」であり「レンズの個性」ではないか。あまりにも無味乾燥な光学性能だけを追究するようなレンズが多すぎではないかと思わないでもない。14?150mmズームも、しいて言えばこうした最近の「秀才レンズ」の1本に加えられるかもしれぬ。それはそれでいいと言えばいい。しかし、いまオリンパスのレンズに求められるのは ―― 光学的性能は充分に優れたものがあるのだから ―― 次はレンズの「味」と「個性」を発揮するように冒険(チャレンジ)することだと思うものでありますよ。