シグマとフェラーリ

シグマ・SD15+30mmF1.4 EX DC
 シグマに対して大変に失礼な物言いになるかもしれぬが、シグマはSDシリーズを作って売っていても、その売れている数を考えればほとんど儲けらしい儲けはないはず。いや、儲けなどハナから“度外視”しているのかもしれない。
 なぜか。シグマが考えている本当の理由はまったくわからないが、ぼくがずっと前から感じていることは、「シグマはカメラメーカーでありたいと願っている」からではなかろうか。交換レンズだけではなく「カメラ」も作り続けたいという「夢」。その夢を追い続けることで、仮に損があったとしても交換レンズで儲けたぶんで補填すればいいじゃないかという考え方。

 少し横道に。
 ところで、フェラーリというイタリアの有名な自動車メーカーがある。全社を挙げてF1レース出場にチカラを入れながら、市販車はといえば年間にたった8千から1万台程度しか生産し販売していない。社員は3000人ほどで、そのうちの約1/5にあたる約600人がF1レースに専属にかかわっている。残りの2400人ほどで8千?1万台の市販車を作って売っている。

 フェラーリは創業のときから、レースに出場して勝つこと、とくにF1で優勝することを最大の目的にしている。その目的のために市販車を作って売っているようなものだ、といわれている。F1出場のための費用は、市販車を作って売って儲けるて捻出する。むろんF1のレースを続けることでそこから得られる技術的なフィードバックも多くあり、それを市販車に反映させているメリットもあるが、とにかく、レースに出て勝つ、という「ロマン」を持ち続けている珍しい自動車メーカーだ。レースで勝って儲ける、なんてツユとも考えていないともいわれている。

 フェラーリは、すでに亡くなったがエンツォ・フェラーリという元レーシングドライバーが始めた会社。終生ワンマンオーナーであり続け、彼はレースで勝つことに情熱を傾け続けた。


 なんだか、このフェラーリの(姿勢の)あれやこれやがシグマに似ている部分もあって、ぼくはいつも奇妙に感じるときがある。ワンマンオーナーのエンツォ・フェラーリと、ミスターシグマとも言われる山木会長(高齢にもかかわらずいまも信じられぬほどお元気だ)と重なって見えるときがある。山木会長はシグマの創設者で現社長の山木さんの父上である。

 レンズのラインナップや価格を決めることはもちろんだが、一眼レフを始めたのもデジタル一眼にFoveonセンサーを使うことも、その後にFoveon社をシグマの100%子会社にしたこともすべて(たぶん)山木会長が決めたこと。儲けにならなくても、Foveonセンサーに対して毀誉褒貶があろうとも、それにめげずにSDシリーズを作り続けているのも山木会長の一存=ロマンではなかろうか(たぶん山木社長は苦労をしているとは思うけれど)。でも、素晴らしいカメラを作って売りたいというその「ロマン」がずーっと一貫して山木会長の気持ちの中にあるのではないか。
 と、ぼくは勝手にそう思っている。

 シグマは、デジタル一眼レフカメラを作り出すようになってから、レンズの性能がぐんっと良くなった。カメラ、とくにデジタルカメラを自らの手で作ることで、カメラにとってどんなレンズが必要なのかが明確にわかるようになったのではないだろうか。SDシリーズのユーザーからのフィードバックは ―― ハナシの結びつきがいささか強引かもしれぬが ―― フェラーリがF1のレースから得られるフィードバックに似てなくもない。

 一眼レフのSDシリーズもコンパクトのDPシリーズも、じつに個性的なカメラである。その個性的が過剰すぎて一般受けしないところもある。しかし、一部のへそ曲がり(ぼくのような)や横一線に並んだありふれたカメラを嫌う人たちに高く評価されている。使いづらく、不安定、気まぐれなカメラだけど、ときどき、ご機嫌が良いと素晴らしい写りをしてくれる。そんな“人間味溢れる”カメラが、中には1?2台あってもいいんではないか、と、まあ、そんなふうにぼくは思うわけですよ。