これから「カメラ」はどうなるだろうか

オリンパス・SZ-30MR
 デジタルカメラがわたしたちにとってのごく一般的な“道具”となってから、「たかだか10年そこそこしか」たっていない。フィルムカメラの長い歴史とは比べものにならないほど短い。
 「デジタルカメラは始まったばかりだ、これから素晴らしいカメラがたくさん生まれてくるだろう」と断言する人が多くいる。ぼくもその一人だし、その意見には「もっともだ、その通りだ」と考える。これからデジタルカメラがどのように「進化」していくだろうか、それを考えるだけでこころ浮き立つ思いだ。

 ただし、このデジタルカメラの変化(と進化)を前にして、わたしたちは「カメラとはいったいなんだろう」ということを、あらためて考えておかなくてはならない。これはとても大事なことだと思う。
 ここで注意しておかなければならないのは、古くからあるフィルムカメラの概念や論理から抜け出ないまま、これからのデジタルカメラを眺めたり考えたり評価してはいけない、と思う。でないと、きっとデジタルカメラが新しくなるたびに戸惑いや反感を抱くだけにもなりかねない。


 そのひとつのたとえだが、フィルムカメラは静止画を撮る「だけ」のカメラだったのに、デジタルカメラは静止画だけでなく動画も「同時に」撮れるカメラが当たり前になりつつある。
 いまは、静止画も動画も同時に撮れるようになったばかりだ。しかし、近い将来には静止画も動画もそれぞれの“垣根”がきれいさっぱりなくなり、静止画も動画もシームレスに、いつでも、あるはい同時に撮影ができて、撮った両方の映像をごく普通に愉しめるようになる、とぼくは考えている。きっとそうなると思う。デジタルカメラも進化(変化)し、そしてそれにつれてインフラも発展し便利になるに違いない。

 というとたぶん「動画撮影の機能なんて余計だ」と反対したり反発したりする人がでてくるだろうけど ―― そりゃあ人それぞれだからいんだけど ―― でも、今後のデジタルカメラの進化の“足を引っ張る”ことだけはやめてほしいよなあ。

 これから日々、カメラは変わる。映像の愉しみ方も変わる。それにつれて「映像表現」の方法も、フィルム時代のそれと違って大きく変化していくでしょうね。どんなふうに変化するの? と問われても具体的にはぼくにもよくわからないけど、ただ一つ言えることは、いままで技術的な問題で表現不可能だったことが、新しいカメラの出現によってそれが可能になるに違いないということ。たとえば高感度撮影がそうだし、高速連写機能だってそうです。静止画と動画の同時撮影もそうです。むろん一眼カメラも変わる、大きく変わる。
 つまり、それによっていままでわたしたちが想像もしなかったような「新しい映像表現」が生まれつつある。ぼくはこれに「大きな夢」を抱いておるわけです。

 と、そんな“やや大袈裟な”ことをSZ-30MRを使っていて、うすぼんやりと考えていたわけです。