Nikon 1の不思議

ニコン・Nikon 1 J1+1 NIKKOR VR 10~30mmF3.5~5.6

 いいカメラだ。魅力的な撮影機能もあれこれ入っているし、カメラの外観デザインもシンプルでぼくは好きだ ―― それに比べてレンズのデザインが追いついていないのが残念だけど。ボディ両端の丸味を帯びた形状などウマい処理だ。使ってみていちばん印象に残ったのはとても「未来的」なカメラであるということ。開発の担当者が「この新しいマウント、Nikon 1マウントは30年先のことも考えて開発した」と豪語していたけど、話半分としても相当に先の先のことまで考えて作られた新システムカメラなのだろう。

 というのがぼくのNikon 1インプレッションだが、どうも、ぼくの周りの人たちからイマイチ評判がよろしくない。でも、その意見をよく聞いてみると、既存のニコンの一眼レフカメラと真っ向比較しているフシがある。そうじゃないよ、とぼく。ニコンの一眼レフカメラとは“まったく違う”新しいカメラシステムがNikon 1で、ユーザーターゲットも小むつかしいことをいうカメラ愛好家のような人たちではなく、その人たちの向こうに広がって厳然と存在している「未知のカメラユーザー」をねらっているカメラなのだ。
 もう1つ。Nikon 1は日本の、国内市場だけを見ているのではないということ。圧倒的な割合で ―― 日本のマーケット市場はごくごくわずかだ ―― ワールドワイドなカメラなのだ。


 とにかく世界中の人たちに「新しいニコン」を見てもらわなくてはいけない。だからこそ、あれだけの思い切ったカラーバリエーションにしたし(交換レンズも“とも色”)、限定販売ながらピンクのカメラも出した。
 ピンクのカメラを見たとき、ニコンの、その涙ぐましいまでのイメージチェンジ努力を感じた。あのニコンが、なりふり構わず、そこまでへりくだることもないだろう、とさえ思ったほどだ。

 ニコンといえば、堅い、ガンコ、プロ用、難解、質実剛健、などなどといった「印象」が強い。実際、アンケートを見てもそれらの印象がずば抜けて高いという。そうしたイメージをとことん払拭しないことには「未知のカメラユーザー」には振り向いてももらえない。ニコンの宿命からの脱皮。それがNikon 1ではないのか。

 つまり、Nikon 1は古くからの「カメラ」の価値観を引きずって評価するのではなく、将来の、未来のカメラとしてどうなのか、日本だけでなく世界中の人たちがどう感じるか、という視点で見て評価する必要があるのではないか。
 とはいえ、ぼくもまた古いカタチの人間だから、新システムカメラのNikon 1に対して「不思議」をいくつも感じる。なぜだ、どうしてだ、と不思議に思うことが7つほどあって、それをぼくは「Nikon 1の七不思議」とよんでいる。そのハナシはまたいずれ。