どうしたカシオ、近頃ヘンだぞ

カシオ・EX-TR100

 日曜日の早朝、5時半過ぎの六本木。
 日比谷線の六本木駅のホームは人であふれかえっていてラッシュアワー状態だ。うかうかしてると乗り込んでくる大勢の若いヨッパライたちに押し戻されて電車から出られなくなってしまう。そのことはそう珍しくもないことだけど ―― 土曜日、日曜日の早朝はいつもそうだ ―― この日は、どこかでやっていたハロウインのお祭りで、ハイになった朝帰りの若者がいっぱい。地下鉄の階段を上がって大通りに出ても六本木のあちこちで大騒ぎが続いていた。

 「オトウさん、ケータイで写真、撮ってるよぉ」と女の子の笑い声がする。
 オトウさん、とはぼくのこと、のようだ。オレはおまえたちにオトウさん呼ばわりされる筋合いじゃないぞ、と、そんなヤボなことは言わない。ケータイ、とはTR100のこと。そうなんだよ、このカメラの姿カタチはケータイそのものだなあ、と再確認する。スマートフォンとそっくりウリふたつだ。ほら、左がiPhone、右がTR100だ
 iPhoneは電話もできる、Wi-Fiも使える、写真も撮れる、動画も撮れる、たくさんのアプリもある。ところが、TR100には通信機能はまったくない。スマートフォンから通信機能を“取り去っただけ”の腑抜けのようなカメラ付きケータイ、のようだ。

 カシオがこのTR100を企画したときにはすでに、数年後にはスマートフォンがいまのような状況になることは(少し広い視野があれば)予見できたはずだ。なのに、カシオはいったいナニを考えて企画し、ドコを向いてカメラをデザインしたのだろうか。どうしたんだカシオ。なんだかヘンだぞカシオ。


 TR100は、それにしても「恵まれない星」の下に生まれたカメラ、のような気がしないでもない。今年春のCP+のカシオブースでは、発売前のこのTR100を前面に押し出して大キャンペーンをやっていた。その勢いをつけて4月に発売の予定だったのだが、部品メーカーが大震災の影響を受けて発売を大幅延期。ようやく、ぼちぼちと生産にこぎつけたものの、国内の販売はしばらくお預けで米国向けの販売を優先させた。

 ようやく7月末に国内の販売が開始されたのだけど、国内のユーザーは2月に発表後に震災があってそれから「音無し」だ。TR100のことなどいつまでも憶えてくれてないし、興味もすっかり失せてしまっている。そりれは仕方ない。そのうえ、写してみれば内蔵レンズがよろしくないし、画像処理も強引さばかりが目立つ。いまどきのスマートフォンのほうがずっと描写はよい。

 枠と本体が自由自在に角度変更できる。くるくる回してるとルービックキューブを思い出す。21mm相当の広角単焦点レンズ内蔵。まるでトイカメラのような写り。レンズの悪さをカバーしようとして、チカラまかせのシャープネス。1210万画素の裏面照射型CMOSセンサー。SDカード使用。感圧式のタッチパネル方式の3型液晶モニター。感圧反応、ややにぶい。フルHDの動画撮影ができる。いまとなれば当たり前の機能だ。
 離れてカメラに向かって手を振ればそれに感知して2秒後に自動的にシャッターが切れるモーションシャッター。これはおもしろい。素晴らしい撮影機能だ(動画が撮れないのが残念だけど)。しかしこのモーションシャッターぐらいなのだなあ、TR100を使って感じる魅力は。

 QV-10からカシオのデジタルカメラのほとんどの機種を使って愉しんできたぼくとしては、このTR100に限らず、どうも最近のカシオのカメラには使うたびに「どうしたんだろうカシオ」と感じることが多い。