これから単体デジタルカメラはどうすればいいのか

アップル・iPhone 6S Plus

 最近のスマートフォン内蔵カメラの性能や画質が、一般的な単体コンパクトデジタルカメラよりも優れているようだ。さらに、スマホ内蔵カメラには、撮った写真の世界を広げてくれるアプリケーションソフトもたくさんある。スマホ内で手軽に処理できる。グラフィック・ユーザー・インターフェースもとてもいい。そうして仕上げた写真を、Wi-Fiや電話回線を使って素早く転送して友人や家族と共有することもできる。
 似たようなことは、いまのコンパクトデジタルカメラでもできないことはない。しかし操作性やスピード、わかりやすさという点では格段にスマホのほうが勝っている。




 いまのスマホ内蔵のカメラに足りないところといえば、望遠や広角といった撮影画角の多様さ、そして防滴防塵などのオールウエザー機能ではないか。
 しかしながら、そんな機能なんて数年後のスマホには当たり前のように取り入れられるだろう。ズーム倍率3倍や5倍のレンズがスマホに組み込まれるのは2~3年も待たなくてもいいかも。レンズ交換式スマホカメラなんて夢でもなんでもない。防滴仕様のスマホなんてすでに製品化されている。
 ライトフィールドカメラのように、撮影後に自在にピント位置を選んだり、ぼけの大きさを可変できたりするスマホなんて夢でもなんでもない。スマホのカメラの自動化はどんどん進化して、誰でもが容易に失敗なく写せるようになるに違いない。

 「カメラ」を使って写真を撮る、写す、その目的は大別して2つあると思う。1つは「記録」するため、もう1つは「表現」するため。
 記録のための写真は失敗なく確実に、正しく写ることが最重要だ。ぼけたり、ぶれたり、明るさが不安定に写るようなカメラは不適格である。失敗なく操作容易な全自動式カメラが記録写真を写すにはベストだ。進化したスマホ内蔵のカメラがその役目を果たすだろう。
 となると、中途半端な(といっちゃナンだけど)コンパクトデジタルカメラはスマホ内蔵カメラに到底太刀打ちできなくなる。レンズ交換式のカメラだって、うかうかしてられない。

 では、これからの単体カメラはどうすれば生き残っていけるだろうか。
 安全確実に「記録」するためのカメラ要素を排除していくことだろう。ユーザに媚びを売らないことも。「表現」するためのカメラに徹することではないか。
 表現のための写真は創造性、偶然性、芸術性が大切となる。カメラ操作に未熟であれば失敗することもあるだろうが、決められた所作を守って撮影すれば自分の意図した写真が撮れる、あるいは期待した以上の出来上がりの写真も得られる。写して「表現」するためカメラは、撮影する人の夢や思いを実現してくれるような、そんな可能性を秘めたものであるように思う。

 フールプルーフの仕掛けや、誰でもが容易に撮影できる全自動モードを組み込み、スマホ機能の3割程度のものをカメラに付け加えて、ユーザに媚びるような単体カメラは将来は存在意義がなくなるかもしれない。
 さらに進化発展していくだろうスマホ内蔵カメラに対して、単体カメラがこれから向かうべきところはフィルム時代のカメラのように、カメラそのものを指先で操作して人々に写真で表現することの愉しさを再認識してもらう、そんなカメラをめざすべきではないだろうか。